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選手権1回戦 vs日本体育大

KGU 86-7 日本体育大学
前半 46(8T3G)-7(1T1G)
後半 40(6T5G)-0

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快晴の秩父宮。風が強くてむちゃくちゃ寒かった。後半も30分が過ぎる頃には歯がガチガチ言うくらいに凍えてしまいました。



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試合後、メンバーに労いの言葉をかける為にスタンドの前段に集まってきた子達。
左から、立川・竹山・五郎丸(全員3年)


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手のモデルはコーチの林君。後ろの目が怖いのは某1年生。


青いバンドはファンの人が自腹で作って部員全員にプレゼントしてくれたもの。赤いのはジャパンの試合で配ってたやつだそうな。
青いバンドは「関東学院大学 16」と書いてあって
受け取った有賀は、ポジションの番号だと思って
「え?誰か、15持ってない?!」って周りに聞いたんだと。

「16」ってのは、16年連続選手権出場って意味らしいです。
先生がとても気にいった様子で上機嫌でつけてました。

早稲田の試合が終わる頃、秩父宮の横の歩道で
先生やコーチと立ち話をしていたら、
早稲田-立命館のお客さんたちが、歩道にいっぱい歩いていて
通り過ぎていく人みんなが、先生に気付いて、口々に、ほぼ呼び捨てに
「あ、○○だ。」(自分は活字でも呼び捨てになんか出来ませんので、○○と伏字)
とガン見しまくってました。

でも、自分も清●監督とか街でばったり見かけたら
あ、●●だ!
と言ってしまいそうです。
こっちは一方的に知っているけど、話したことない人だと、そんな感じですよね。
芸能人を見たときみたいなもん?

監督といえば、
恥ずかしながら、今日初めて、日本体育大の監督が尾関弘樹氏ということを知りました。
最近、他大学のラグビー事情にはめっきり疎いもんで。

試合後、協会に寄った時に、尾関氏が近くにいて
おぉ!と思ってしまいました。
というのも、

自分が、高校生の時、
なんとな~く、たまたま見ていた
95年度社会人選手権決勝が
三洋電機-サントリー。
準決勝がサントリー-神戸製鋼で、この年が神鋼の連覇が止まった年でした。

三洋-サントリーで
ロスタイムに、サントリー陣に蹴りこまれたキックがタッチを割ればノーサイド。
しかし、ボールはタッチを割らず、自陣から繋いだボールは、
尾関に渡り、尾関が左ゴール隅にトライ。
難しい角度のゴールを当時新米キャプテンだったSH永友が決めて
ノーサイド。
スコアは同点なので、両チーム優勝だけど、
トライ数差で、日本選手権への出場権はサントリーに。
ということで、サントリーが初の日本一になったという劇的な試合で、
それをテレビで見ていた当時高校生の自分は
感動しまくりでした。
この試合見てなかったら、大学でラグビー部入ってなかったかも、とか思うし、
大学でラグビー部にいなかったら、
このHPも、寒空で写真撮ってる自分もいないわけで。

高校生の時、すごいなぁ!って思った印象って強いからねぇ、
当時の自分に大きな影響を与えてくれたプレーヤーでした。
大1の時、夏合宿のホテルやまびこで
たまたまサントリーと一緒のホテルになって、
去年、テレビの向こうで優勝してた人たちが目の前に
いっぱいいたんで、すげー!とか思ったし。

やまびこと言えば、自分が大学のとき、日川高校ともよくいっしょになり
剛のお父さん=つまり有賀健氏もロビーとかでよく見て
おぉ(~■~;!
とか思った記憶があります。
自分が19歳や20歳の頃だから、剛は当時、中学生?
若いっ。

昔話をダラダラ書いてしまいました。

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